【科学的な適職】幸福度高く働くということ

【科学的な適職】幸福度高く働くということ

幸福度高く働くということ

こんにちは。genkiです。

普段はBlanc forというブランドを立ち上げて白Tを制作販売したり、サウナ好きが高じてプライベートサウナを作ろうとしていたりしています。

さて、社会人4年目にもなると会社のことがだんだんとわかってきてしまって、グレーな評価制度や、人間の嫌な部分が見えてきちゃったりしますよね。

消費財を作るというのも原理自体は非常にシンプルで、化学出身の身からするとこんなん混ぜ物の科学やんとしか正直思いません。

需要予測を作って、原料を仕入れて、工場で作って、出荷して、お客さんの手に届く。

ものづくりのビジネスは至ってシンプルです。

もはや何も新しくないので、相当excitingな施策をマーケティングが考えたりしない限り、ワクワクもしません。

では、仕事には何を求めるべきなのでしょうか?

楽しさ?

やりがい?

お金?

どれも求めれば求めるほど、大抵の場合期待を超えることはありません

・楽しい仕事

仕事は単純な遊びではない、利益を出す為の活動であると考えると、楽しさ(Fun)を求めるのはちょっと違う気がする。

・やりがい

やりがいを求めると、しょうもない仕事を強いられる時のデモチベーションが半端じゃない。

しょうもない仕事をいかに減らし、エッセンシャルな仕事に集中したいものです。

・お金

給料upによる幸福度やモチベーションの増加は、超短期間で消えてしまい、

少し体調がよくなったとか好きな人とデートしたとか結婚したとかと比べると、お金と幸福度の関連(相関係数)は相当低いらしい。

幸福に働くという概念が人間に備わっていないという現実

人間は誕生からの長い歴史のほとんどを狩猟や農耕で大半の時間を費やす様な生き方をしてきた。

朝起きて狩に出かける。畑の世話をする。夜にはご飯にありついて暗くなったら寝る。

ただそれだけだったんです。

現代の複雑な発展、働き方、生活様式にはそもそも対応していないので、炎症が起きる。

これが文明病というやつです。

仕事に幸福を求めること自体、人間には向いていない様です。仕事(狩)が生きることに直結していたから、生きるか死ぬか、そもそも幸福度とか考える必要がなかったわけです。

でも、そんな中、現代に生きる我々としては幸福度高く仕事ができないなんて納得いくわけありません。心を無にして働く?それは厳しいものがあります。

ではどうするか。

目の前のことだけに集中し、日々の少しの達成感を認識する。

その結果、評価されたり、何か社会に貢献できたり、給料が上がったりすると喜びを感じますよね。

これが一番だと思ってます。

転職するなら、すぐする。どっちつかずの状況ではどちらもうまくいかず、負の連鎖がおきます。

とまあ、書いていくとわかってきます。

自分は今、とても今転職をしたい。

【参考書籍】

鈴木祐さんの「科学的な適職」

今後のキャリアを俯瞰して考える上で非常に有益な一冊でした。オススメです。

ではでは。